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最高裁判所第一小法廷 昭和57年(行ツ)157号 判決 1985年10月31日

東京都葛飾区堀切二丁目三五番一一号

上告人

富田力

右訴訟代理人弁護士

大庭登

東京都葛飾区立石六丁目一番三号

被上告人

葛飾税務署長 加藤博康

右指定代理人

古川悌二

右当事者間の東京高等裁判所昭和五四年(行コ)第四八号課税決定無効等請求事件について、同裁判所が昭和五七年七月二八日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人大庭登の上告理由について

所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして是認することができ、その過程に所論の違法はない。原審が確定した本件の事実関係の下においては、本件課税処分を無効でないとした原審の判断は、正当として是認することができる。所論引用の判例は、事案を異にし、本件に適切でない。論旨は、ひっきょう、原審の専権に属する事実の認定の不当をいうか、又は独自の見解若しくは原審の認定しない事項を前提として原判決を論難するものであって、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高島益郎 谷口正孝 和田誠一 角田禮次郎 矢口洪一)

(昭和五七年(行ツ)第一五七号 上告人 富田力)

上告代理人大庭登の上告理由

原判決には、課税処分の無効に関する法の解釈適用の誤り、最高裁判所の判例違反、理由の齟齟がある。

一、原判決は理由第六項において、「右に認定した事実関係によれば、本件土地が京成電鉄に売り渡されるについては、買主たる京成電鉄との間に日伸商事と控訴人を共同の売主とする売買契約が締結されてはいるが、それは、前示の経緯によって控訴人が日伸商事と登記簿上共有者となったからであって、真実控訴人が本件土地について単独所有権ないし共有持分権を取得したことによるものではなかったことが明らかである。してみれば、控訴人が本件土地につき二分の一の共有持分権を有することを前提として控訴人において右共有持分に相応する利益を得たものとしてされた本件決定処分は、ひっきよう、所得の帰属者を誤ったこととなる点において重大な瑕疵を帯びるものといわなければならない」と判示しながら、「本件土地及び第三の土地が京成電鉄に売り渡されるについては、もっぱら控訴人が売主側の交渉役を担当したものであり、その際、各土地の登記簿上の所有名義人が所有者かつ売主であるとして交渉が行われ、売買契約が締結されたものであるところ、そのうち本件土地については控訴人も登記簿上日伸商事とともに持分二分の一の割合による共有者となっていたから、外形上は共同の売主である日伸商事ないし松河松雄の代理人であるにとどまらず、売主の一人とも考えられる地位にあったし、売買代金はその一部が訴外永代信用組合により代理受領されたほかは、いずれも控訴人がこれを受領しており、その際作成された領収書中にも控訴人を売主として表示したものが存在した。というのである」と、誤った事実をしたうえで、「以上のような事実関係のもとにおいては、控訴人が右売買により登記簿上の持分に相応する利益を得たとの被控訴人の認定が誤りであることが本件決定処分のされた当時から、外形上、客観的に明白であったとは到底いうことができず、したがって、本件決定処分についての右の瑕疵は取消事由たる瑕庇にとどまるものというべきである」と判示している。

二、しかし、行政事件訴訟法第三六条は、「無効確認の訴えは、当該処分又は裁決に続く処分により損害を受けるおそれのある者その他当該処分又は裁決の無効等の確認を求めるにつき法律上の利益を有する者で、当該処分若しくは裁決の存否又はその効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えによって目的を達することができないものに限り、提起することができる」と規定し、最高裁判所も、「一般に、課税処分が課税庁と被課税者との間にのみ存するもので、処分の存在を信頼する第三者の保護を考慮する必要のないことを勘案すれば、当該処分における内容上の過誤が課税要件の根幹についてのそれであって、徴税行政の安定とその円滑な運営の要請を斟酌してもなお、不服申立期間の徒過による不可争的効果の発生を理由として被課税者に右処分による不利益を甘受させることが、著しく不当と認められるような例外的な事情のある場合には、前記過誤による瑕疵は、当該処分を当然無効ならしめるものと解するのが相当である」との解釈をしている(最高裁判所昭和四八年四月二六日判決)。

三、然りとすれば、原判決の認定した事実関係が(内容に誤りのあることは別にしても)、さきに触れた如く、「前示の経緯によって、(中略)真実控訴人が本件土地について単独所有権ないし共有持分権を取得したことによるものではなかったことが明らかで」ある以上、「控訴人が本件土地につき二分の一の共右持分権を有することを前提として控訴人において右共有持分に相応する利益を得たものとしてされた本件決定処分」が、「ひっきよう、所得の帰属者を誤ったこととなる点において重大な瑕疵を帯びる」というのであるから、それは明らかに、「被課税者に右処分による不利益を甘受させることが著しく不当と認められるような例外的な事情のある場合」であり、右「過誤による瑕疵」は、「本件決定処分」を当然無効ならしめるものと解するのが相当である、と云わなければならない。従って、原判決が、事実の認定を誤ったうえ、さらに、「認定の誤り」が、「外形上、客観的に明白であったことを要する」として、右の「重大な瑕疵」を単なる「取消事由たる瑕疵」に止まるものとしたことは、明らかに課税処分の無効に関する法(国税通則法、行政事件訴訟法等)の解釈適用を誤り、法令に違背するものである。

四、殊に、原判決が、課税処分を無効ならしめる要件として、「処分成立の当初から、外形上客観的に明白であったことを要する」としていることは、前記最高裁判所の判例にも明らかに違反しているものである。原判決は、最高裁判所昭和三九年一〇月二二日判決に従おうとしているのかも知れないが、昭和三九年一〇月二二日判決でも、「客観的に明白かつ重大」でなければならないとしたのは、「納税者の錯誤」であって、「課税処分の誤り」が、客観的に明白かつ重大でなければならないと云っているのではない。仮りに、最高裁判所昭和三九年一〇月二二日判決では「客観的に明白かつ重大」であることが要件となっていると解されるとしても、前記最高裁判所昭和四八年四月二六日判決ではこの解釈とは明らかに異った判断を示していると云わなければならない。少くとも最高裁判所昭和四八年四月二六日判決では、課税処分の誤りが、客観的に明白かつ重大でなければならないとの解釈はどこにも示されていない。むしろ、同判決によれば、「登記の経由過程について、事後に明示または黙示的に容認していたとか、または右の表見的権利関係に基づいてなんらかの特別の利益を享有していた等の特段の事情のない限り」それは「著しく酷であり」、「不利益を甘受させることが著しく不当と認められるような例外的事情のある場合に該当し」、その過誤による瑕疵は、「課税処分を当然無効ならし」むるものとしているのである。そして、さらに同判決によれば、「課税要件のないところに課税し」、「その瑕疵は重大である」としながらも、「なお明白であるとはいいえない」として「これを無効である」としたのは、課税処分の無効に関する法の解釈適用を誤った」ものである、とまで云っているのである。換言すれば、最高裁判所昭和四八年四月二六日判決では、「なんらかの特別の利益を享有していた等の特段の事情」の無い限り、その課税処分は当然無効である。というのであるから、これは昭和三九年一〇月二二日判決と明らかに異った判断であると云わなければならない。

五、ところで本件は、原判決の認定した事実関係であったとしても、その表現的権利関係に基づいて上告人が、なんらかの特別の利益を享有していないことは原判決も認めている(被上告人は、共有登記を経由したことに関連して金二、一七九、九七五円の特別利益を享受しているので、本件決定処分を無効ならしむるものではない旨の主張していたが、原判決ではこの主張は全く斥けられている)ところであるので、前記最高裁判所昭和四八年四月二六日判決で云うところの「特段の事情」はなかったことになるので、「本件決定処分」は当然に無効であると云わなければならない。殊に、(1)原判決は、各土地の登記簿上の所有名義人が所有者かつ売主であるとして交渉が行われ、売買契約が締結された、としているが、所有者であり、かつ売主であるとして交渉し、また契約したのは飽くまでも日伸商事ないし松河松雄のみであって、上告人は交渉並に契約の締結に際しても自己が所有者であり売主であるとして売買したものでは絶対にない(第一審原告本人、証人松河松雄、原審控訴人本人各訊問の結果並に甲第六号証土地売買契約書)。(2)また、原判決は、外形上は売主の一人と考えられる地位にあったし、売買代金はいずれも控訴人がこれを受領している。としているが、外形上も売主は日伸商事ないし松河松雄であることを明示し(買主である京成電鉄でもこの実体上の関係については承認していた)、代理受領した売買代金は全額日伸商事乃至松河松雄に交付されていることは容易に確認し得る状況にあった(第一審証人松河松雄、原告本人の各訊問の結果)ことである(領収書にある上告人の名義は、京成電鉄が特別に記載せしめたものであり、反って乙第八号証貸方伝票には日伸商事株式会社の名前しか書いてない)ので、これを「外形上、客観的に明白」であることの否定的事実として認定することも誤りである。

六、従って、本件の事実関係からすれば、登記簿上の所有(共有)名義に拘らず、所有者並に売主は日伸商事ないし松河松雄ということで売買の交渉が行われ且つ売買契約が締結されたものであり、登記簿上の共有名義に拘らず上告人は売主ではなく単なる代理人として売買代金の授受に関与し、而して売買代金は全額日伸商事ないし松河松雄において取得したものである、ということである。そうだとすれば、仮りに原判決の云う如く、「外形上客観的に明白であったことを要する」との解釈に立ったとしても、本件の事実関係からすれば、本件決定処分における被控訴人の認定の誤りは、本件決定処分の当初から(全く無調査で処分するということは現実にはあり得ないことであるから)外形上、客観的に明白であったと云わなければならない(第一審原告準備書面(四)、昭和五十年五月十六日付準備書面参照)。

七、以上のとおり、上告人は、本件共有登記に基づいて本件土地が上告人の共有であることを容認したり、或は共有登記であることによる表見的権利関係に基づいて特別の利益はもちろんのこと何等の利益も享有していないので、原判決が認定しているとおり、本件決定処分が、課税要件の根幹についての重大な過誤をおかした瑕疵を有するものである以上、それは当然に無効であって、単に取消事由たる瑕疵にとどまるものでは断じてない。この点、原判決には、課税処分の無効に関する法の解釈適用の誤りがあり、また、最高裁判所の判例にも違反し、且つ理由に齟齟(事実の一部誤認)があるので原判決は、法令の違背により当然に破棄されるべきである。

(添付書類省略)

以上

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